2007 年 10 月 のアーカイブ

Cantaloop

2007 年 10 月 28 日 日曜日

Acid jazzと言えばUS3のCantaloop。原曲はハービー・ハンコックの「Cantaloupe Island」
売れまくりましたけれど、良いとこ取りと言うか、センスがいい。この時代の空気。子供の時の方が夜遊びしていたんだなと思うと、おかしな感じ。
今の音楽は解らないと、自分が言うようになるのも不思議。

by the houd jazz dogsバージョンもfunky ! ;)

Hand on the Torch

La La (Means I Love You)

2007 年 10 月 28 日 日曜日

Acid jazzが一番好き。今でも。
特別大好きな曲。
Living Returnに収録されています。

Swing Out Sisterでは、”Am I the same girl” や”Not Gonna Change””Break Out”あたりも懐かしい。

普段聞くには、もう音楽を必要としていないのが、自分でも良く分かる。
生活の中の音でけっこう楽しいんだ。
飛行機の音、車の音、鳥の声、風の音。機械音。遠くで吠える犬の声。
環境によるのかな、全然騒音ではない。
騒音に感じるのは人の声だけ。

Living Return

ごちそう山

2007 年 10 月 27 日 土曜日

ごちそう山 (集英社文庫)

彼女達のシリーズ*、結構面白くて読んでいた。
で、今回思い出してこれを読み直しているのです。
本当に思いもしなかったけれど、山に登ってみよう!という気持ちになったので。**

山登りの何の役に立つかといえば、山で食べる物は美味しそうだ、という事しか分からない本です。
でも、私は食いしん坊だしそれでいい。
直ぐ煮えるレンズ豆やショートパスタを持って行くのっていいなぁ。

実際には、おむすび持って、チョコレートとビスケット持って行くだけの気軽な日帰りくらいしか行かないとしても。
いつかこういう事にも挑戦してみたい。

*お買い物と料理の本があります。

*ずーっと海派で、一生海派でいくもんだと思っていました。なんとなく。その海でさえ何年も行っていないのですが。

手紙

2007 年 10 月 25 日 木曜日

眠れない夜に、宮沢和史を思い出したついでに、YouTubeで「手紙」を聞く。
こうして綴る事が、私の”手紙”。

自分というものを手放せたらどんなに楽だろうかと思う事もある。
けれどやっぱり、代わりはいないので。
それに、もし誰かが代わってくれると言っても、きっとやめておくだろう。
自分で感じてこそ、だ。何もかも。それ以上に得られる物はないと思っている。

SAFETY BLANKET

2007 年 10 月 25 日 木曜日

SAFETY BLANKET 1991-1998 (角川文庫)

SAFETY BLANKET
宮沢 和史

宮沢 和史の詩や散文が好きでもあるけれど、最初は多分タイトルにひかれて、今現在4まで出ているうちの1と2を読んでいた頃がある。1991というと16年前。

幼児期を過ぎても手放せない、肌ざわりのいいベビー用の毛布—セイフティ・ブランケット

セイフティ・ブランケットに象徴されるもの。それはたぶん誰もが欲し、得たいと思うものではないだろうか。
誰にも何にも脅かされる事の無い、絶対的な安心感。
人生はそれを追い求める為にある、と言っても過言ではないのじゃないだろうか?とさえ思う。
お金、地位、恋人、家族、子供、夢や希望でさえ。
だけどそれは求めても求めても、むしろ求める程に埋まらない穴のように思える。
セイフティ・ブランケットにくるまれるような、気持ちになれるもの。
お金では手に入らないし、ひとりでは足りない。たくさんいてもあっても何かが違う。
自己啓発本や宗教にも無い。
頭のいい人になら得れるということでもなく、子供だったら得れる物でもない。

あーあ、こういうのも最後には解るのかな。
というか、最後には得るだろうつもりで生きている。

本の内容は、結構忘れてしまっているけれど、久しぶりに読みたくなった。
しかも4まで出ている。
眠れないこういう夜にはぴったりだろう。

新宿二丁目のほがらかな人々

2007 年 10 月 8 日 月曜日

新宿二丁目のほがらかな人々 新宿二丁目のますますほがらかな人々

ふてくされた気分の時はこの本がいい。
女って・・・と男に言われると、どんな些細な事でもどんな立派な人からでもカチンと来る。
そんな自分の心の狭さを感じ嫌な気分になったり、だからといって寛容にもなれず、
女としてカテゴライズされる自分と言う物を受け入れ難く感じたりもする。
年齢的な物もあるのかな?
こういう時、ゲイの人らの言葉だけは耳に入る。
女の部分が分かる上での批判なら、理解出来る。というか受け入れやすいのか。
同族だから、痛い所をつかれるのだけれど、女性的すぎない距離感を保っているからか、
そうだよね、私もそう思う・・・・・と思ってしまう。しゅんとなる。
なおかつ、そんな自分をえへへ、と笑える。
これが男の人相手だとそうはいかないのが不思議な所。