DEAD MAN
死人とは旅をするもんじゃない
私の世代では自分探しというのがもてはやされた時期があった。
自分がここにはない、あるいは自分の居場所はここではないと感じる人の為のイベント。
あれが嫌いで、どうにもその考え方が受け付けなくて。
何故こんなに嫌いなのかについて最近思った事がある。
以前カウンセリングを受けていたドクターとの会話で、
人と関わって跳ね返ってくる物がなければ自分というものの輪郭ははっきりしないよ。という事を言われた事がある。
跳ね返ってくるものとは、反応。自分にとっての良い反応も悪い反応も。
その時は何の事やら解らなかった事が、この頃になって解りかけてきた。
自分探しの旅をして、他人に親切にされたり冷たくされる事で自分の形が見えるのか。
そしてそれが今居る所で出来ないというのは、単に心を開いていないからなのか。
自分がたった一人で、味方も居ない知り合いも居ない心細い状態にならないと、謙虚になれないからなのか。
それにしても、
自分探しとか本当の自分とか。
見つかるのが社会的で皆に愛される人であるとは限らないじゃないか。
だから、前提として人に受け入れられる筈である自分探しなんか、滑稽で間抜けだな。
でもそれが人間ってものだ。なんていう人が居るから今でも自分探しは人気なのだろう。
だけど、
死に向かい合った人が生を得るのは何のトリックなのだろうか。
なぜそんなしくみに?
